そのやり方で、「芸」は育ちますか?

またもや前回の続き。今回は「背景」みたいなところについて思う事など。

1.芸を育てる「構造」がありますか?

今の音楽に関わる色々な場や枠組みを見ていて、一つ気になっていることがあります。それは「芸を育てるのによい仕組み」があまりない気がする、ということです。たとえば才ある若い音楽家がいたとして、その音楽家が「育っていきやすい」環境はどれくらいあるでしょうか。「育てる」役割を担える人や仕組みって、どれくらいあるでしょう?

音楽を育てる場というと、なんとなくライブハウスのような場所を思いつきます。でも、近年のライブハウスは、チケットノルマ制のような事をして、場を単なる貸しスタジオの延長みたいなものにしてしまっていたりする。ライブハウス側には一切のリスクがないから、別にいいバンドをさがす必要もないし、いいお客さんを集める必要もない。バンド側もお金を払って場を借りてるようなものですから、ライブハウスに対する恩義を感じる必要もない。そんな状態では、互いに金銭でやりとりしたもの以上のものは得られないでしょうし、ましてや、何か面白い文化が生まれたりすることはあまりなさそうです。

もしも「あのライブハウスはいつも面白いアクトやってるからヒマがあったら行きたい」「あのライブハウスに出たい」と思わせるライブハウスがあって、そんなライブハウス側から「ぜひうちのライブハウスに出て欲しい」と言われるバンドになりたい!と頑張るバンド、みたいな関係があれば、双方必死になれる気がするし、そこには何か熱いものが生まれそうな気がする。そういうライブハウスって、今どれくらいあるのでしょうか。もしそんなにないとしたら、バンドはどういうモチベーションでもって、どんなふうに育っていけばいいでしょう?

そんな環境でやっているからなのかどうなのかはわかりませんが、ライブハウスでアマチュアバンドをたまに見ると、なんだか妙~な違和感を感じることがあります。ステージ上で演奏をしながら、ちゃんとお客さんと向きあっている感じがしない。なんだか対バンしたバンド同士で仲良くなって、内輪で褒めあってるだけのように見える。そういうバンドが時折いたりする。いや、それはそれで別にいいとは思うのです。「楽しくやりたい」が本人の希望なら、それで十分だと思うし。でも、万が一「プロフェッショナル」を目指していてそういう態度だとしたらそれは相当によくないことなんじゃ…とか、余計なお世話な事を考えてしまったりします。

何かを作る時に、喜ばせなくてはいけない人は誰でしょうか。自分が嬉しくなればいい、という満足のしかたはもちろんあるし、それはそれで大切な気持ちです。でも、何かを作る以上は、それを届ける相手のことを考えるのは、(特にもしもそれを仕事にする意志があるなら)とてもとても大事な事だと思います。

 

今、一番誰でもやりやすくて育ちやすい環境というと、どうでしょう。ストリートとかなのかもしれません。ストリート出身のミュージシャンが強いのは多分、道行く、自分に興味を持っていない人に、自分の演奏を届けようとしているからです。本当に演奏なりなんなりに力がなければ、誰も足を止めない。一生懸命に「どうしたらいいか」考え続けて、試して、やっと一人二人と足を止めてもらえる。そういう環境で必死にやっていったら、お客さんというものと真剣に向かい合わざるを得ないし、同時にちょっとやそっとじゃへこたれない強さも身につくんじゃないかと思います。そして、そういう環境で人たくさんの人の足を止める事ができるとしたら、きっと「本物」です。

インターネットも、使いかた次第では、いい環境作りに使えそうです。ニコニコ動画のコメントやtwitterでのレスポンス。色々な形でのレスポンスを集める事ができる。ただ、ちょっとうっかりすると、目にとまる声が全部「仲のいい人だから褒めている」というのになったりしがちなので、そこは少し気をつけて見ていないといけないかもしれません。

同人方面は、ちょっとだけ危うさがあります。イベントで目の前に買いに来て下さるかたというのは、だいたい事前にどこかで興味を持ってきて下さるかただからです。そういう人は当然あなたを褒めるでしょうし、曲の感想も好意的なものが多くなるはずです。その感想を鵜呑みにするのはちょっと怖い。もちろん、その向こう側に、たくさんの「あなたに微塵も興味のない人」がいる事さえ忘れなければいい環境かもしれません。

多分、大事なのは、とにかくできるだけたくさんの「自分に興味を持っていない人」の目にも晒されやすい場所であること。それから、それぞれの人がどう思っているのかが素直に伝わってくる場所であること、なのかなと思います。

もし、作り手としてより一層の進化をしたいのであれば、そういう環境を少しだけ意識的に作ることを考えておくのも、かなり大事なことなんじゃないかなと思います。

2.他の人のよい芸をたくさん見られる環境ですか?

芸を磨く上で、もう一つ大事なことに「いいものをたくさん見聴きすること」というのがあると思います。

「学ぶ」ということの語源は「まねぶ」、すなわち「真似をする」ということだという話があるのですが、優れた芸を見て、自分の芸の未熟さを知るとか、優れた技を盗んだり、自分なりに解釈を加えて取り込んだり、そういうことは、芸を磨いていく上でとてもとても大切な事だと思います。

自分は今Webサイトを作る仕事をしているのですが、自分が仕事上で必要となる技術やセンスのようなものは、みんなWebが教えてくれました。
仕事としてWebに関わりはじめた20代の頃、国内外の優れたサイトの情報が集まるサイトを巡るのを日課にして、毎日たくさんのWebサイトを見たりしていました。そこで本当にたくさんのサイトを見て、「よいサイトってどういうサイトか」とか、「こういうのってどうやてコード書けばいいんだろ」とか、本当にたくさんのアイデアや技術を覚えました。
本当にありがたかったのは、それが全部「無料」で見られた、ということでした。無料でたくさんのいいものを見る事ができて、しかもソースコードなどの裏側も見られて。そこから得られたものは本当に大きいし、そのお陰で今でも自分はWeb業界の傍らでご飯を食べさせていただくことができている。そんな気がしています。

音楽などの芸事においても、芸を磨く上で「たくさんのいいものを見聞きする」というのは本当に大事なことだと思います。
たくさんのよいものを見聞きして、「これはここがいい」「ここがすごい」「なんでこれがウケたんだろ」とか、色々考えながら制作することを続けていくうちに、センスや技術が洗練されていきます。
だからこそ、色々なものを吸収しやすく未来のある若い人にこそ、もっともっといいものをたくさん聴いてもらいたいと思いますし、聴いてもらいやすい環境を作っていくのも、音楽文化というのを育てていく上で結構大事なことなんじゃないかと思います。

そこで最近のDL配信に関わる流れの話になるのですが、いわゆる「権利関係」をしっかりと管理して、お金をきっちりいただかない限り見せないようにする、というのは、ある意味では「若い人に優しくない」やりかただと思うのですね。
若い人というのは、いつの時代だってそんなにお金を持っていないものです。権利の管理をしっかりして、「お金出さなきゃ聴かせない」となってしまうと、若い人が聴ける音楽の量が結構減ってしまうかもしれない。

まあ、今に関していえばYouTubeなど、インターネットでたくさんの音楽が聴ける状況ですし、自分の十代二十代の頃と比べたら、だいぶ羨ましい環境になってきてはいると思います。でも、その全てを権利者が認めているわけではないし、法的にいえばだいぶ怪しいことをしている部分もある。

ascii.jpのインタビュー記事でお世話になった四本淑三さんが、教鞭をとっている大学でアンケートとったら、「著作権を守るようにと言われたからネットで音楽聴かないようにしていたら、音楽がわからなくなった」という回答があった、っていう話があって、本当にこれは笑えないなぁと思ったのですが。

日本には、ディープなラジオ文化があるわけでもないですし、合法かつ低価格でいいものを聴きやすい環境というのは、意外に少ないかもしれない。そういう意味でこれまでレンタルCDや中古市場が果たしていた役割っていうのは結構大きいと思うのですが、CDのほうは不況で縮小していっていますし、そういった市場も縮小していきそうな状況です。

聴く側も作る側もいい耳をもっていないと、いいものも生まれないし、いいものが正しく評価もされません。
今後、配信が中心になっていきそうな流れの中で、権利関係が必要以上にガチガチになったりして、次の音楽シーンを担う若い人がいい音楽を聴きづらくなったりしないといいな。才のある若い人が、もっと堂々と、合法でいいものをたくさん見聞きできる環境を、もう少し意識的にどうにか作れないものなのかな。
そういうことも、最近自分がちょっと年齢あがってきたせいなのか、思う事が増えました。

たとえば、お金に余裕のある人が作家を支えて、お金に余裕のないけど意欲の高い人たちは安く触れられやすい環境を作るとか。
VOCALOID界隈みたいに、無償で聴けるものがたくさんある環境も素敵だと思いますし。
ラジオみたいなものが何らかの形でよみがえったりするのもいいかもしれない。
どうするのがいいのかはまだまだ何とも言い難いところですが、そういう、「次世代を育てる」意識が、音楽に関わる人に少しでもあったらいいな、と個人的には思います。
 
 

できれば、いち音楽バカとして、自分を強烈に驚かせてくれる、そんな表現を作る人が、若い人の中からどんどん出てきてほしい。
若い才能をどうやって世に引きずり出して、育ちやすい環境にできるか。そういう事をもう少しちゃんと考えておかないと、本当に何年か後、聴きたい音楽がなくなるんじゃないか。そんな事をふと考えてしまうことがあります。
それは本当に嫌なのです。ずっと音楽にはワクワクしていたいし、「次の音楽がどうなるのか知れないことが悔しい」と思いながら死にたい。

だから、そういう「次を育てる」っていうことを、環境的にも、意識の上でも、もう少し考えて組み込んでいけるようになるといいな。そう思います。

一応、自分が曲集を0円から、という値段付けをした事にも、そういう願いがほんのちょっとだけ、入っています。だから、お金はないけど聴いてみたい、と思ったなら遠慮なくじゃんじゃんダウンロードして聴いてください。……といっても自分の音楽は本当にまだまだなので、もっと精進しないとなんの説得力もないですねそうですね。精進します!

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